「結婚するかしないか選んでね」と言われたら結婚する人は減るよなぁ、という話

「結婚するかしないか選んでね」と言われたら結婚する人は減るよなぁ、という話

結婚する人が減った理由については諸説あり、現在では「男性の年収が下がったから」という理由で説明される説が最も広く受け入れられているようです。

ですが今日は、あえてそういった統計的な議論を遠ざけて、社会の変化から結婚する人が減った理由を”想像”したいと思います。

今のアラサー世代の親年代にとっては「結婚しない」という選択肢はそもそも提示されていなかったということを、聞いたことがあります。

「男は結婚して一人前」という価値観が堂々と共有されており、また「女はクリスマスケーキ。25を過ぎたら急いで売れ」とも言われていた時代と聞いています。

いや〜、すごい時代だったんですね。

それが、1986年の男女雇用機会均等法の施行を契機に「結婚は個人の自由」という考えが徐々に広がり、いつしか多数派になって今に至っていると。

で、こんなことを考えながら、ふと自分の高校時代のことを思い出したんです。

僕の通っていたその学校は当時、学生運動の名残なのか(は知りませんが)日の丸と君が代は強制ではありませんでした。

具体的には「日の丸が掲揚されている間はその場から立ち去る自由」と「起立して君が代を歌わない自由」という2つの選択肢が全生徒に提示されていたのです。

一応これは個人の思想信条の自由を保証するという大義名分の元で行われていたのですが、面白いのはここからです。

それまで君が代を歌う意味なんて考えたことも無かったヤツが意味を考え始めたり、明らかに思想信条なんて無さそうなヤツが「ダルいから」といった理由で君が代を歌わなかったりするんです。

この高校時代の思い出を結婚に当てはめてみると面白くて、つまり人って、

「あなたたちは自由です!選択肢があります!さぁ自分で選んでください!」

と言われるとそこで初めて、立ち止まって考えてみたり、それまで黙って従っていたものに対して反対したりするんですよね。

これって結婚と似てませんか?

つまりある一時期まで「結婚して子供を産み育てるのが当たり前」という価値観を全員が無条件で受け入れていたのを「結婚するもしないも、子供をどうするかも、全部自由です!」と言われて、結果としてみんなの人生が多様化していますと。(因果関係は逆かもしれませんがここでその議論はしません)

もっと具体的な1対1対応する例を出すと、ある飲食店で「水とおしぼりが欲しい人は店員までどうぞ」という張り紙を出したとしたら、お客さんはそれまで当たり前と思っていたものが無くなったことをきっかけに、考える訳です。水とおしぼりって本当に必要?と。

その結果、お客さんの反応は以下4パターンになるはずです。

  1. 「両方ください」

  2. 「水だけください」

  3. 「おしぼりだけください」

  4. 黙っている(これは両方いらない人か、両方もしくは片方が欲しいんだけど言い出しづらくて黙っている人のどちらかです)

全く同じことを結婚で考えてみると「結婚したい人、子供が欲しい方はどうぞご自由に」と言われた人は、以下4パターンのいずれかの行動に出るはずです。

  1. 結婚したいし子供も欲しいので、同じ考えの異性との結婚に動く

  2. 結婚はしたいが子供は欲しくないので、同じ考えの異性との結婚に動く

  3. 結婚はしたくないが子供は欲しいので、考えに共感してくれるパートナーを探す

  4. 何もしない(これは両方したくない人か、両方もしくは片方はしたいんだけど行動に移せない人のどちらかです)

ここで大事なのは4パターン全てが、行動しないという選択肢も含めて自分で決めた行動である、ということです。

すごくシンプルですが、自分で決めて行動したいor得意な人には良い時代、自分で決めて行動できないor苦手な人には厳しい時代だなぁと感じますね。。

そして、自分の仕事の価値の源泉もこのあたりにあると思っています。行動しないと何も変わらない時代に、行動のお手伝いをしたい。

最後に。

僕は毎日着る服とか靴とか髪型とか、食べるものとか休日の過ごし方とか旅行先とか観る映画とか、、そういったものはホントは誰かに決めて欲しい人間です。

(Photo by Rina Igarashi)